15の時の親父の言葉

2008年11月30日
■感謝です。


昨日のメルマガで
色々な意見を頂けました。

http://archive.mag2.com/0000261855/20081130000918000.html


・メールでの返信。
・マーチャントでの日記のコメント。
・ブログへのコメント。


たくさんの
コメントありがとうございました。



>私の子供も喘息です。

>私も喘息で同じような気持ちを感じた事があります。

>私も身体が弱かったので気持ちが分かります。



書いた私自身、同じ境遇の人が
多くいる事を正直びっくりしました。


又ここまで反響があるとは・・。



今更ながら
メルマガの凄さを感じました。



すごいです。
メルマガって(汗



病気の辛さ、苦しさって
正直本人しか分からないんですよね。


私自身、喘息で小児期を過ごしましたが
他の病気の辛さは、全て分かるものではありません。


周りからしたら
「大したことないじゃん」


そう思うことでも
本人にとっては大問題であったり。


その尺度は
やはり個人にとって違いますよね。


私はなるべく相手の気持ちを理解しようと
ゆっくりその人の話を聞こうと思っています。


今、その人が何に対して不安を感じているのか。


この部分の話を聞くだけで
結構すっきりしたりするものです。


そういう関わりがしたくて
医療の道に入りましたが・・・。


いかんせん。
業務の煩雑さで中々出来ないです(苦笑


そういう自分に腹立てたりしている
今日この頃です。


来年こそは
初心に帰ろうと思っています。




■金の切れ目が縁の切れ目


ちょっと昨日の話で
伝え切れなかった部分がありまして・・。


今日も懲りずに書きます。


私の父親は
根っからの不良でして。


高校を2度卒業したらしいです。
※1回目は校内のガラスを全部やぶって退学しているので。


で、無事卒業をしたものの
不良気分は抜けず、高校卒業後も
職を転々としながらヤクザの組に顔を出す
生活をしていたらしいです。


で、その時に
母親と出会い結婚。


姉が生まれた時は
無職だったらしいです。


で、それではいけないと思い
保険の勧誘や日雇いの仕事をしたり。


しかし、人の下で働くのに
慣れていない為にドンドン顔色が悪くなり
倒れる寸前までいったそうです。


見かねた母親は
「もう働かなくていいよ。」



と言わずにはいられないくらいまで
追い込まれていたと言ってました。


そこで働いていた場所を辞め
自分で会社を立ち上げる事に。



当然何か資格を持っているわけでもない
うちの親父が作った会社。



消費者金融の会社です。



いわゆるサラ金の会社ですね。


他にも色々やっていたとは思いますが
私が覚えているのはこの類だったかと。



元々ヤクザと絡みがあった
父親ですのでこういう仕事になったんでしょう。


東京に出張に行くといっては
しょっちゅう出かけて行っていました。


出張=取立てですね。


かなり危ない橋を渡っていたようです。


単身でヤクザの事務所に入っていったりは
しょっちゅうだったと。


時には命を狙われたりも
していたと言っていました。


まあ、無茶苦茶の人ですよ。


で、身体の弱かった私が
小学2年の頃でしょうか。


案の定学校を休んで
家に一人で留守番をしていたら
外に車がずっと停まっていたんです。


昼近くからずっと。


夕方まで父親は帰って来ませんでした。


昼過ぎだったかな・・。


余り覚えていませんが
その車から人が降りて家に近づいてきました。


ピンポーン。


私:「はーい。おじちゃん誰?」

男:「お父さんはいる??」

私:「今いないよ?」

男:「いつ帰って来るかな?」

私:「知らない・・・。」

男:「分かった、ありがとう。」



確かこんな会話だったような気がします。


何せ古い話ですのでね。
うる覚えですよ。



で、夕方過ぎに
父親が帰ってきました。


車から降りた後その男たちと話をして
その車に乗って何処かへ行ってしまいました。



夜遅く父は帰ってきて
寝ている私と姉を起こしてこう言いました。



「お父さんは明日から出張へ行ってくる。」

「いつ帰ってくるか分からないけど頼むぞ!」



私は何のことか分からず
笑顔で「いってらっしゃい^^」
と言ったそうです。



次の日。又次の日になっても
当然父は帰って来ません。


いつもは元気に
声をかけてくれる母も元気がありません。


子供ながらに
あの時の母の顔は忘れられません。


夜電話が来たりしても
私たちに聞こえないように、こそこそ話していました。


1ヶ月程して
痩せほそった父が帰って来ました。


「ただいま!」


私は久しぶりに見た父に抱きつき
笑顔で「お帰り♪」と言ったのは覚えています。



それから2年。

私は父に無理やり入れられた
野球のメンバーに聞かれました。


「おい。お前の親父警察に捕まってたらしいな!」


意地悪な顔で言われました。


当時野球をする子って
やんちゃな子達が多かったので
言葉も少ない私は格好のいじめの対象でした。


私はびっくりして
父親に聞きました。


私:「ねえ。お父さん、捕まった事あるって本当?」

父:「本当だよ。昔出張に行くって言ったろ?」



正直びっくりしました。


私は知らなかったんです。



3歳上の姉は知っていたみたいですが。


あの出張に行くといった日。
新聞にも出ていたみたいです。


「暴力団幹部。恐喝で逮捕!」


こういう見出しだったらしいです。



後から聞いた話ですが
私の母が働いていた病院で
母の友達ですよ。


その記事が書かれた新聞の切抜きを
院内に貼りだしたりされたそうです。


昨日まで友達だった人がですよ?


しかも身内の一部からも
「もう連絡してくるな!」


こう言われたと。


母の暗い顔も
それを聞いて分かりました。


父の知り合いも
逮捕された途端連絡をしなくなった人とか。


昨日までちやほやして
寄ってきていた輩達です。


それを聞いた時
私は怒りしか込み上げて来ませんでした。


しかしそんな中でも
普段父と喧嘩ばかりしていた人がいたそうで。


会うたびに喧嘩していたその人が
一番親身に助けてくれたと母が言っていました。


「何かあったら俺に何でも言ってくれ!」

「出来る事があれば何でもするから。」



そう言ってくれたと。
その人のお陰で助かったと言っていました。


また普段は
口数の少ない弟も助けてくれたと言っていました。


この話を聞いたのは
私が15歳になったときです。


父は15歳で自分が自立したからと
私を1人前の人として話をしてくれました。


「普段からいい顔をしてくる奴は足元をすくってくる。」

「そういう奴は金が切れたら離れていく。」

「ただそういう時に助けてくれる奴もいる。」




この言葉を親父にもらいました。



この話を聞いた時
私の今の考えが出来上がったんだと思います。



私は友人が少ないです。


本当に少ない・・・。



それはなぜかというと
本気で腹を割って話せる友人しかいないから。


都合の良いときだけ
近づいてくる輩はそれなりの
付き合いしかしません。


そして私の数少ない友人には
何があっても助けたいと思っています。


それくらいの信頼関係を持てる友人が出来た事を
私は今嬉しく感じます。


私も全面に信用してくれる人には
誠意を持って返したい。


こういう考えを持ったのは
こんな過去があるからかもです。


Posted by shimauta0410 at 2008年11月30日│23:16
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15の時の親父の言葉へのコメント
みのごりさん
どうも、キョンです^^

いつも暖かいコメントありがとう
ございます!

すごい人生経験をお持ちなんですね。
読みふけってしまいました。

私の人生は平凡そのものです。

でも、昨日まで友だちだった人間が
今日に態度を変えるって、
人間の底が見えて可哀想です。

応援します!
ポチ〜

Posted by 高校生アフィリエイター キョン at 2008年11月30日 23:35
こんばんは高山です

そうですね、私もどん底を知った人間として金の切れ目が縁の切れ目というのは本当にしみじみ感じました

人生は何だ・・・・・と思うときがあります


応援済み

Posted by 高山流情報商材のススメ at 2008年12月01日 02:00
みきです。
いつも応援&コメントありがとうございます。

さすが成功してる方は
経験が違いますね・・というか生かしてますね・・

これからもよき
アドバイスバンバンお願いします〜

応援^^していきます♪ぽちぽち!
Posted by みきです。 at 2008年12月01日 07:36